”青山土手から”はくりかえしの手遊び歌

佐藤志美子著・「心育てのわらべうた」でみつけたうたで、その繰り返しのリズムと生活に密着したストーリー性が魅力的です。
音楽室で、この歌で繰り返し遊んだ生徒さんにくっついてきていた2歳のオチビサンが、お母さんが洗濯物を畳んでいる横で、この手遊びをやっていた、という話をおききしたときにはほっこりしました。

あおやまどてから

青山土手から東山 見ればね 見ればね
見れば見るほど涙が ぽーろぽろ ポーロポロ
その涙を袂で 拭きましょ 拭きましょ
拭いた袂を 洗いましょ 洗いましょ
洗った袂を 干しましょ 干しましょ
干した袂を おろしましょ おろしましょ
下ろした袂を たたみましょ たたみましょ
たたんだ袂を 箪笥にしまいましょ しまいましょ
しまった袂を 鼠が ガーリがり  ガーリガリ
齧った袂に 継ぎしましょ 継ぎしましょ
継ぎした袂を 隣りのおばさんに 見せましょ 見せましょ
わっはっは~
(原文はすべてひらがな表記)

心育てのわらべうた/乳児から小学生まで年齢別指導教材集/佐藤志美子(ひとなる書房)

基本の2拍子のなか、「その涙を」だけ、なぜが字余り的に3拍子になっています。ここから流れるような語りがはじまるのですが、その前のタメとも考えられるし、「涙」という感情的なものの表現に対応した動き、とも考えられます。

つぎしましょ、のところ、私は、レレレミレ と歌っています。
この本ではレレレドレですね。これについては、また別の機会に。

リテラシーワークにつながる、サイレントシンキングと内的聴覚

この手遊び歌、「心育てのわらべうた」の中には簡単な手遊びの方法がちょこっと書いてあるだけでしたので、私なりに振りをつけて長年やっています。これをyoutubeに上げましたので、御覧ください。


「心育てのわらべうた」の「わらべうた指導のための用語と内容の解説」というページがあり、その中に「サイレントシンキング」という言葉が出てきます。心のなかでうたう、ということですね。これは内的な聴覚を鋭くすることになり、表現も正確に、しかも表情豊かになる、と書かれています。

サイレントシンキング

心の中で歌うこと。内的聴覚を鋭くすると、表現も正確にしかも表情豊かになる。

教師の声をよく聴いて、一度で覚えるとか、サイレントシンキングで歌っていて、あるフレーズのところで声をだしたり、リズム打ちをしたりする。

心育てのわらべうたより

これは、生徒さんと今までやってきて、つくづく大事だなあと思います。
子どもだけではなくて、大人にとっても。
それをあそびとして伝え合う、2つ目の動画はこのサイレントシンキングを意識してやっています。子どものワークの中でも必ずします。

くりかえすことについて

くりかえし、というのは、わらべうたや絵本などでは、とても大切な役割をしますね。
思えば、洗濯物をたたむというのも、日々の繰り返しのなかの出来事です。
先に登場した2歳のオチビサンは音楽と生活が繰り返しの中で自然に結びついた。
それは生活の豊かさであると同時に、時間のスパンや、歴史や、生命にもつながって生きます。
また、子どもというのは気に入ったものは何度も何度もくりかえしてやってみようとします。壊しては作り、壊しては作る、ということも大好きですね。大人みたいに飽きない。
そのプロセスは同じ、ということと、一回ごとに違う、ということがあるような気がしますが、子どもはただ楽しくてやってます。うらやましい限りです。

ただ、くりかえす、というのはいいことばかりではありません。繰り返す、ということは潜在意識に深く刻まれるものですから、危険な場合もあるのです。

大事だから、その子の支えになるものを、と思います。

あそびとユーモアと、ほどほど感が大事かも。

 

青山土手からの歌詞について

 
それにしてもこの歌詞、なんという、癒しのプロセスでしょう。

袂とは、何の比喩でしょう、きっと、心ですね。大切に大切に、それでも、傷つけてしまう。継ぎをして、隣りのおばさんに見てもらいます。大事なのは、そのおばさんが、いったいどんな人なのか・・・  実はそういうことまでも、想定しながら、歌っていたりします。子どもには何も言いません。子どもはリフレインの楽しさと、 お母さんの日常が歌になっているのが嬉しくて、繰り返します。  

紀伊國屋書店からの購入はコチラ