2021.10.24 わらべうた

【だれとだるまと】目で話すわらべうた(動画つき)

音楽プロセス体験・東温音楽室の子どものワーク

ここの「だれとだるまと」は変顔なしの真剣勝負

ちょっとくすぐったくてうれしいあそび

子どもたちは自分ひとりをみつめてもらうことがとても嬉しいのだと思います。

グループワークのときに一人ずつ「だれとだるまと」をするよ、というと、子どもたちは一列になって順番を待ちながら、ウキウキしているのが分かります。
そして、自分の番がきて、神妙なおももちで私の前に座るのです。

うたも遊びもとてもシンプル。

だれとだるまと
うさぎときつね
わろたらげんこ
あぷ。

そうやって、眼と眼を見つめ合う。
遠野のわらべうたの伝承で有名な、阿部ヤエさんの本
「わらべうたで子育て」応用編では、ほっぺたを膨らましてにらめっこ
するようになっていますが、現代の子たちには無理な気がします。
(これはでも、素晴らしい本!)
どうしてもそうすると、変顔を作りたくなる。
でも、一番楽しいのはそこじゃないんです。
情報過多の現代ですから、こどもたちが初めてであったこの遊びにシンプルに浸るのは難しい・・・・なので、私はほっぺたは膨らまさないようにしています。
そのかわり、顎を引いて、しっかりと上目遣いで、睨みをきかせるように伝えます。
これは、私のわらべうたの恩師、愛媛県小松町のうさぎのしっぽさんから伝え聞いたわらべうたです。

この遊びは、遊びというより真剣勝負。
いや、遊びっていうのはいつだって真剣勝負なんですけどね。

真剣に大人が自分を見つめてくれる。他に代えがたい遊び。

そう、わたしもうさぎのしっぽさんと「だれとだるまと」をやったときは
照れくさくって、でも、なんだかあったかくて、すごく嬉しかったのを思い出します。
もちろんもう、随分な大人でしたけれど。

私がわらべうたの恩師からならった「だれとだるまと」
今、ネットで検索してみたら、恩師から習ったものと随分違っていました。ネットでみたものは、普通に変顔をして相手を笑わせて勝負するものでした。それはそれで、何も否定するものではないし、一兵衛さんというにらめっこは思いっきり変顔で応酬します。でも、この遊びだけはちょっと特別なのです。うちにとっては。

そして、変顔をしなくても、子どもはこの遊びを楽しいものだと思っているようですよ。
一人前の顔で向き合ってくれます。

本来は、目をそらした方の負け。
でも、子どもたちは必死に睨みを効かせてくれます。なかなか終わらない。
あるいは、わらいたいのを一生懸命こらえている。
だから、ある程度の時間、見つめ合ったら、手を伸ばして、頭をなでてあげます。
すぐ目をそらす子。すぐ笑ってしまう子はほんの少しずつ見つめる時間が伸びていけば良い。

おもえば、だるま、とは・・・

だれとだるまとうさぎときつね。

なんていいゴロあわせ、となにげに歌っていたけれど、思えばだるまというのは

達磨大師のこと。石の上で座禅を組んで、黙って修行をした人。ありがたいお坊さんです。

だれと、という謎の登場人物と、達磨大師と、うさぎ、ときつね。

立場を超えて、真剣勝負。何という、たったこれだけの言葉の、かわいさと深さ。

マスクに覆われて、目線が定まらないこのコロナの時代に「だれとだるまと」の意味

楽譜に目が届くように・・

noteの方にこんな記事を書きました。
楽譜になかなか目線が行かない、小学生の男の子と、にらめっこ

だれとだるまと、をやってみた話。

阿部ヤエさんの言葉

「わらべうたで子育て」応用編で、この遊びを紹介しています。
そこにこんなことが書かれていました。

相手の目を見て話をする、人の話を聞くと言う事は、一番人に信じられることですね。
話中によそ見されたら、本当に聞いてんだべかと、喋りたくなくなるものです。
顔の表情と言うのも、心と通じているから、相手がどう思っているのか知るには人の表情を見ることが大事。
そのためには、小さい時から、相手の顔を見ると言う癖をつけておく必要があります。
その訓練をされないで育った人は、相手の気持ちを見る習慣がないから、いつも自分の気持ちだけで動きがちになるでしょう。 話をする時も、相手を見ない。それでは表情も出てこないし、相手と心を通わすことも難しくなる。 そして目を見て話そうと思っても、子供の時にその癖がついていないと、照れ臭くて顔が見られないものです。

「わらべうた」で子育て応用編 /阿部ヤエ著 (福音館書店)

ほんとうそのとうり、だけど、私は耳が痛いなあ。
私も人の目をじっと見る、じっと見られるのは得意ではない方です。
もちろん、小さいときにこんな遊びをしたこともない。

だから、子どもの目を見るときには、少し下腹に力を込めて、意識的にしなければなりません。

ほとんどの大人は、きっと私と同じだと思います。

だから、この遊びをするときはうんと謙虚になって、とにかく何も考えず、子どもの目を見ます。そこに、こちらの、相手を思うようにさせようとする意図などが混ざり込まないように。
私が子どもを覗き込んでいるとき、子どももまた、私を覗き込んでいるのだから。

ということで、

「だれとだるまと」のシンプルで深い遊びの話でした。

音楽室でやっている「だれとだるまと」の動画


最後に、私と生徒でやっている、「だれとだるまと」の動画を貼っておきます。