2017.06.08 開催日誌

6/7えひめ入門講座でした。

今日が梅雨入り。久しぶりにしっとりと土に染み込む雨の一日でした。

個人の体験と音楽のプロセスを結びつけていく、「音楽を描く’入門講座」今日のワークはご厚意に甘えて、個人宅で行いました。

迎え入れていただいた部屋からは見事なぶどうの蔓が見え、素晴らしいレイアウトでした。写真をとっておけばよかったなあ、残念。

東京の穴蔵的スタジオでの密会のようなワークも楽しいですが、今回は雨の音や、時々カエルの鳴き声なども心地よく耳にはいってき、ナチュラル感溢れるワークとなり、場所に助けられたなあと思います。

今回は音の上がり下がりを中心にしました。

このワークの

自分の体験が一番大事という主旨、

少しづつ浸透してきたなと感じる場面がいくつもありました。そのコンセプトが共有できて初めて成り立つものですから、それが伝わると嬉しいですね。内容がうんと深まってきます。

私はそれでも時々無理をお願いして、苦手という方にも声に出して音程を歌ってもらったりするのですが・・・ためらいながらも、やって頂きました。ちゃんとちゃんと音とれていましたよ。でも、嫌なら嫌で、それでも良いのです。体験が蓄積されれば、きっと自然と声はそれに習って自然についてくるでしょう。

小さいときから 家庭の中に歌う人がいれば、自然と習い覚えるけれども、そういう家庭環境にないと、自分の歌う力の使い方を知らないままおとなになってしまう・・・そういうことはよくあるようで、音痴と思っておられる方の多くはそうなんじゃないかなと思います。そういう場合は割とシンプルな作業によって学習できるし、学習したことは耳にも届き、納得行けば身体は素直に従ってくれるものなんだと、ワークをしていく中で思うようになってきています。ここで言う「歌う」というのは、まずは、立派に歌うことというよりは、聴いている音と身体が共鳴している感じ、その感じがつかめる、ということです。ごく微細な差異なのだと思いますから、無理にこじ開けるようなものでもなく自然な経過、というのがあるような気がします。

それより問題は二次障害・・とでもいいましょうか、できない、という体験の方の積み重ね、こちらの方かもしれないですね。講座が終わって描いたスケッチブックを見せていただくと、私のなんか・・という空気感。いやいや皆さん素晴らしいです。それに、きれいに描けるのはそれはそっちのほうが問題なんです、と、いつも言っていることですが。

一見美しく描いたようにみえるものの、動線を指差し

ここで無理に伸ばしてつじつま合わせてるんですよね・・との言葉。

実はその気付きが一番素晴らしいことと思うのです。良い体験をされたと思いますし、それが一番身になっていく学習なんですね。そういうのは本人にしかわかりませんし、本人がその体験を経験値として、次への取り組みにつながっていくのですから。そういうときにコンプレックスとか、もちろんそういうのはあると思いますが、そんなことは取りあえず脇へ置いておいてよいのです。

音高のワークは大変ですが、みのりも多いですね。

それから拍に関して新しい発見も!そうか、こうすればよかったんだ、という良いアイディアに気づかせてもらいました。

ということで、今回も私もたくさん良い体験を共有させていただきました。

次回は 7月19日場所は未定です。