2019.02.14 開催日誌

全体性につながる音楽理論を! 音リテ2/11の日誌

東京ワークショップ
2019/2/14

できなかったことがだんだんにできてくる

グループでリズムをとったり、歌ったりするので、立体的な体験をすることができる。誰かが拍を取りながら、他の人は拍子のくくりを捉える、そのなかで分割リズムをとる、とか。なにより、音楽はみんなでやると楽しい。ワイワイ言いながら、できないことも恥ずかしがらないで(それは簡単なことではないけれど)とにかく、やってみる。皆さんだんだんに度胸もついてきました。(^_^)
谷中に身ぐるみ剥がされた感もあるかもだけど・・・・

そうしたら、人のマネもしながら、体験もやるたび積みかなさなってくる。
あれ、っとふと気がついたら、あのときは取れていなかった音高を一緒にとっていたり、タタのリズムが取れていたり、拍のテンポが安定してきていたり。時々逆戻りもしながら、でも、だんだんにできてきているのが、嬉しい。

気づき、と経験が自信につながっていくと思う。
継続する価値アリですねー。

楽譜を写すことのなかにある音楽性

今回は楽譜の書き方も練習した。
楽譜が読みやすいということは、音楽の流れもつかみやすいということ。
楽譜から音楽が見えるようになるには、やっぱり楽譜を眺めるだけじゃなくて、書いたほうがいい。
丁寧に、とか、きれいに、というのではなく、ささっと、でも分かるように書く。
これも、同じようなことが「描きながら考える力」にも書いてあって、やっぱりそうかーと思った。楽譜というのは情報伝達ツールだから、芸術的に書くわけじゃない。
でも、器としての楽譜は、フリーズドライされた生身の音楽を伝えてくれる。そこから音楽性を読み取るのが生きた私達の力。
音楽を感じながら、写譜(楽譜を写すこと)するのがいい。

ナビの私を写さないでね

それから、ちょっと思ったこと。
うてなドローイングしてても楽譜を書いていても同じなんだけど、
間違ってもいいから、理解したら、自分の感覚でやってみよう。
そして、間違ったほうが、後々の理解につながる。
ドローイングは特に、間違わないで、と思ってやってもやらされ感満載なのはすぐわかる。真似ないほうがむしろいい線にたどり着いたりする。
私も、参加者さんが、何をみて何をきいてやっているのか、もっとよく観察しなきゃなと思う。
落ち着いて、自分の感覚に集中できる場を整えてあげなければね。

うたとピアノの本

「うたとピアノの本」というのは私が教室で子どものレッスンに使っている、オリジナルのテキスト。これは、最初から「全体性」を保ちながらピアノに取り組めるように、組み立ててあるので、これを持ってきてみた。
いいかも。
このシンプルな音楽がすでに楽しい。いろんなものがすでに入っている。
いろんな感覚を総動員してやる。
これも続けてみる。



楽典講座でやっているのは音楽理論なのだけれど、理論だけを学んでも身につかない。全体性につながる、全人的に関われる理論でなければ、と思う。理論ももとは誰かの体験だったはず。体験を理論に移したプロセスを逆にたどって、utena.m.fは自分の体験からその体験は「〇〇」と名付けられてるんだよ、と、そんな順番でできないものか、といつも思う。