2016.09.02 開催日誌

8月の報告/安定した拍と 正確なピッチ感覚は”描いて”自分で育てる。

今回の東京いきは、これまであきらめないで続けてきてよかった、という思いを、

受講されている方たちとともに共有できたと思います。

大きな一歩、とも言えるし、

これまでの積み重ねが形になってきた、という安堵の気持ちもあります。

このワークには何か、ある、と感じ、続けてきていただいたこと、

こうやって東京でもその確信が持てたこと。感謝があるばかりです。

実際のところ、東京までの道のりは近いものではなく、また、心細い思いもあるのですが、

今回のこの成果を前にして「辞める理由はないね。」と皆さんと話し合ってきました。

この先を見たい。

 

そして、まだ確信がもてなかったことで、 インフォメーションもたよりなく、自信のなさを隠しつつ広報してきた広報担当者(・・・も私しかおりませんが。)ですが、

これは、本当に世に出ていいものなんだ、と、これからは 胸を張って言いたいですね。

関わってこられた方たちの、驚きと、嬉しそうな笑顔。

教室で生徒たちと分かち合ってきた喜びと同じものを、そこに感じました。

このワーク、私は、「こんなことができるようになります」というような広げ方はできないと思っています。

それは、音楽も 人も、それぞれにとても深いものだから、

そんな目先の結果に振り回されて大事なものを見失っては、既成の音楽教育となにもかわらないし、

もしそれだけのものだったら、私は、この仕事を立ち上げる動機には成り得ないのですね。

それぞれ自分の感覚を音楽という領域で広げたり深めたり、

そうした中で、音楽と自分の新しい回路を見出していく。

それは、このワークの成果ではなく、一人の人が真摯に音楽に向き合った結果でしかありません。

その、喜びと驚きを共有していきたい。それが、私の原動力だと、改めて胸に据えなおしました。

 

でも、広報担当でもあるので、言います。

音楽を描く、というワークは 音痴の方も、リズム音痴の方も、自分はできると思っている方も、なにか足りないと思っている方も

やってみる価値が有るものですよ。と。なにかが、変わります。それだけは確か。

安定した拍と 正確なピッチ感覚は”描いて”自分で育てる。育ちます。でもこれはほんの始まり。