8月の報告/安定した拍と 正確なピッチ感覚は”描いて”自分で育てる。
今回の東京いきは、これまであきらめないで続けてきてよかった、という思いを、
受講されている方たちとともに共有できたと思います。
大きな一歩、とも言えるし、
これまでの積み重ねが形になってきた、という安堵の気持ちもあります。
このワークには何か、ある、と感じ、続けてきていただいたこと、
こうやって東京でもその確信が持てたこと。感謝があるばかりです。
実際のところ、東京までの道のりは近いものではなく、また、心細い思いもあるのですが、
今回のこの成果を前にして「辞める理由はないね。」と皆さんと話し合ってきました。
この先を見たい。
そして、まだ確信がもてなかったことで、 インフォメーションもたよりなく、自信のなさを隠しつつ広報してきた広報担当者(・・・も私しかおりませんが。)ですが、
これは、本当に世に出ていいものなんだ、と、これからは 胸を張って言いたいですね。
関わってこられた方たちの、驚きと、嬉しそうな笑顔。
教室で生徒たちと分かち合ってきた喜びと同じものを、そこに感じました。
このワーク、私は、「こんなことができるようになります」というような広げ方はできないと思っています。
それは、音楽も 人も、それぞれにとても深いものだから、
そんな目先の結果に振り回されて大事なものを見失っては、既成の音楽教育となにもかわらないし、
もしそれだけのものだったら、私は、この仕事を立ち上げる動機には成り得ないのですね。
それぞれ自分の感覚を音楽という領域で広げたり深めたり、
そうした中で、音楽と自分の新しい回路を見出していく。
それは、このワークの成果ではなく、一人の人が真摯に音楽に向き合った結果でしかありません。
その、喜びと驚きを共有していきたい。それが、私の原動力だと、改めて胸に据えなおしました。
でも、広報担当でもあるので、言います。
音楽を描く、というワークは 音痴の方も、リズム音痴の方も、自分はできると思っている方も、なにか足りないと思っている方も
やってみる価値が有るものですよ。と。なにかが、変わります。それだけは確か。
安定した拍と 正確なピッチ感覚は”描いて”自分で育てる。育ちます。でもこれはほんの始まり。